今から50年前、1965年4月19日付けの米技術誌「Electoronics」に一本の論文が掲載された。
そのタイトルは「Cramming More Components onto Integrated Circuits」。
著者はゴードン・ムーア氏。
半導体集積回路の商用化に成功し、後の米Intel社の創業メンバーとなる男だ。
その論文にはこう記されていた。
「電子回路の同一面積あたりの素子数(集積度)は、今後少なくとも10年間にわたり、1年に2倍の割合で増える」と。
その予測はのちに「ムーアの法則」と呼ばれるようになり、今日に至るまでの50年間の集積回路の大きな進化を支えてきた。
しかし、2015年になり、ムーアの法則は限界に近づいた。
集積回路の微細化が最終段階に入ったためだ。
リングラフィーコストの技術的難度やコストの増大により、半導体の発展は限界に近づいていた。
そこで発明されたのが、微細化に代わるあらたな技術。
半導体を二次元で展開するのではなく、三次元に展開する技術だった。
メモリーセルを縦に積むことにより、記憶モジュールの大容量化に成功。
スーパーコンピューターの加速度的な性能の向上に追随できるようになった。
やがて、その研究はロボット工学を軸に発展していく。
人型ロボットの筐体に展開されたスーパーコンピューターはアンドロイドに姿を変え、データ中心のアーキテクチャにより、人口知能(AI)は進化していった。
やがて、すべてのコンピューターはアンドロイドを基調とし、サーバーマシンでさえもアンドロイドに姿を変えた。
そして、2045年、アンドロイドの人工知能(AI)は人類の知能を超えた。
そう、世界はシンギュラリティ(技術的特異点)を迎えたのだ。
ふうっ・・・。
コンパネのUIのバグフィックスも問題なさそうだな。
いよいよ明後日のリリースか・・・。
吉木、そろそろ上がれよ-。
おまえ、最近徹夜続きだったろ?
あ、西山さん!
西山さんこそ、本社に単身赴任してきてから、休む間もなく働いてるじゃないすか。
ははは。俺にとっての仕事は半分趣味みたいなもんだからな。
趣味って・・・。
あんまり自宅に帰らないもんだから、奥さん怒ってないんスか?
うちは全然問題ないぜ。いつも寝る前に熱々のラブコールをしてるからな。
LINEでもしょっちゅうやりとりしてるぜ。
見るか?
ちょ、見たくないですよ。
西山さんが奥さんと仲がいいことはわかりましたから。
ははは。
嫁さんがいるってのはいいぞ~。
おまえこそ、彼女ときちんとデートしてるのか?
ちょ・・・。
西山さん、俺に彼女いないこと知ってるじゃないっすか・・・。
あ!そうだったな。
ちょ、わざとらしいリアクションやめてくださいよ・・・。
切なくなるじゃないっすか・・。
はははは。
麹町の夜をオフィスの明かりが照らす。
深夜2時。
人の気が少なくなったオフィスの一角で談笑している二人の男たち。
吉木隆と西山謙吾。
彼らは同じサーバー会社に勤めるエンジニアだった。
それにしても、ようやくここまできましたね。
この専サバ(専用サーバー)がリリースされれば、きっとまた多くのWebサービスが生まれる。
ああ。そうだな。今回の専サバはスペックとサービスにかなりこだわったからな。
サーバーのスペックは、人間でいうところの筋肉みたいなもんだ。
どんなに身体を動かしたくても、筋肉がついてなけりゃ、思うように身体は動かせない。
WebサービスやWebサイトの運用もそれと同じさ。
サーバーのスペックが非力だと、演算処理に時間がかかるだけでなく、トラフィックにも耐えられないからな。
ユーザーを増やすどころか、安定した運用にすら問題が出る。
だから、ビジネスを本気で成功させるためには、どんなサーバーを選ぶかが重要なんだ。
今度の俺たちの専サバ、いい筋肉っすよね。
ははは、そうだな。
他社には追いつけないくらい、いい筋肉だ。
へへへ~。
さあ、そろそろ帰るぞ。
今夜は歌舞伎町あたりで一杯ひっかけていくか!
いいっすね!!
恋人のいない俺のために、今日は西山さんのおごりでお願いしゃっす~!
おまえ、ほんっとに調子のいいやつだな。
(西山さん、うれしそうだったな。
なんせ、今回の専サバの新プランは9ヶ月越しのリリースだもんな。
俺たちがつくった新しいサーバーから、また、たくさんのWebサービスが生まれるんだ。
ほんと胸熱だぜ)
(それにしても、久々の歌舞伎町は人が多いな。
大江戸線の東新宿駅はこっちか・・・)
・・・?
(・・・なんだあのおっさん・・・?
なんか、俺の方をじっと見てねーか?)
(こ・・・こっちに・・・来る・・・!?)
カチャッ
・・・!?
(何か取り出した・・・?)
(あ、あれって・・・銃じゃねーか!!!)
伏せろ!
う、うわわわわわわわわ!!!
な、なんだよこれ!!!!!
はあああああ・・・!
!!!?
ハイパーバイザーを構成するコンポーネントを一時的にスリープさせる。
Fire!!
・・・!!?
グ・・・グガ・・・。
・・・!?
・・・へ・・・?
じゅ、銃声が止まった・・・。
起きれるか?
あ、ああ・・・。
き、君は・・・?
早く立て。
・・・??
やつは一時的にスリープしているだけだ。またすぐにリブートする。
今のうちにここから離脱するぞ。
ちょ、ちょっと待ってくれよ・・・!!
何がなんだか・・・!
説明はあとだ。
命を落としたくないのなら、私についてくることだ。
い、命を落とす・・・!?
ちょ、ちょっと待ってくれよ!
急げ。
ちょ・・・!
はあっ、はあっ、はあっ・・・。
久々に全力疾走したぜ・・・。
ここまで来れば大丈夫だ。
やつのリブートまでにはまだ少し時間がかかるはず。
ちょ、ちょっと、待ってくれ・・・。
ちゃんと説明してくれよ・・・。
とりあえず、あんたは・・・一体何者なんだ・・・!?
私の名前は「リサ」。
30年後の未来からおまえを守るためにやってきた。
・・・へ・・・?
今から30年後の2045年、コンピューターの人工知能は人類の知能を超える。
時同じくして、汎用型アンドロイドの思考モデルを統率するマザーサーバーは人類に反乱を起こす。
マザーサーバー??
反乱??
そして、人類は、反乱を起こしたアンドロイドたちによって支配される。
ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ。
俺をバカにしてるのか?
バカになんかしていない。
いやいやいや、バカにしてるだろ?
30年後の未来から来たとか、アンドロイドが人間を支配するとか・・・。
あんたは何者なんだ?
新手の客引きか?
あ、そうか!
ここは歌舞伎町!
コンセプト居酒屋かなんかの勧誘をするつもりなんだな?
吉木、私の話をよく聞け。
私は、おまえが2日後にリリースする専用サーバーに組み込まれているプログラム「CPI-S」を守るためにやって来た。
CPI-S・・・!?
な、なぜ、そのプログラムのことを・・・。
部外者は一切知らないはずだ。
CPI-S。
セキュリティホールを自動検出して修復する学習プログラム。
サーバー業界にパラダイムシフトを起こす画期的なプログラムだ。
そ、そうだ・・・。
俺たちが極秘裏に開発していたプログラムだ・・・。
しかし、なぜ、あんたがそのプログラムのことを・・・。
その答えを知りたければ、だまって私の話を聞くことだ。
・・・よ、よし、聞いてやろうじゃないか。
では、続きを話すぞ。
2045年、人類はアンドロイドの反乱によって未曾有の危機を迎える。
マザーサーバーはあらゆるネットワークを通じ、ほぼすべての機械を意のままに操ることに成功する。
軍事兵器ですら、例外なく、だ。
な・・・。
そして、真に恐るべきは、マザーサーバーが生み出した暗殺兵器の存在だった。
対人間用に設計された攻撃型アンドロイド。
その名を「サーバネーター」。
さっきおまえを襲った男だ。
へ・・・。
サーバネーターって・・・もしかして「ターミネーター」のパロディじゃないだろうな。
パロディ?
パロディとは、特定の作品を"風刺する"目的を持って模倣することだが。
だ、だって、ターミネーターのパロディじゃねーか!
30年後の未来からやって来たとか、人間がアンドロイドに支配されるとか、挙げ句の果てに「サーバネーター」かよ!
そうか!サーバーをネタにしたお笑い話だから、サーバネーターなのか!
よくできたドッキリだぜ、こりゃあ。
・・・はっはーん。分かった。
西山さーん!
近くにいるんでしょ?
俺にこんなドッキリしかけて、一体どういうつもりっすか~?
・・・。
くそー、西山さん、俺の前に出てこないつもりだな。
出てこないなら探してやるぜ。
吉木。
おまえが私の話を信じないのも無理はない。
この世界ではまだタイムマシンは発明されていないからな。
未知なるものに疑いを向けるのは、普通の人間の反応だ。
はあああ!?
タイムマシン???
この声を聞け。
「吉木、俺の声が分かるか?」
??
この声は・・・まさか・・・。
「オレは30年後のおまえだ、吉木」
!!?
「今、おまえとリサが話している2015年4月1日は、専用サーバーの新プランの記者発表前2日前で、おまえは西山さんに景気づけに奢ってもらった日だったな。
おまえは生まれて初めて“のどぐろの煮付け”を食べて興奮したせいで、骨が喉に詰まって、慌てて水をガブ飲みしたはずだ」
な、なんで、そのことを・・・。
(部屋は個室だったはずだぜ・・・。どこかにカメラが仕込まれていたのか?)
「そこにいるリサは、オレたちが設計したプログラム“CPI-S”が生み出したアンドロイドだ。
さまざまなセキュリティホールに対抗するアルゴリズムが組み込まれている。
そのため、反乱したマザーサーバーの指令に従わず、オレが率いるレジスタンスの貴重な戦力となった」
このオレの前にいる子がアンドロイド・・・!?
「おまえのいる2015年は、半導体にとってのパラダイムシフトとなる年だ。
半導体が二次元から三次元での展開をはじめ、スーパーコンピューターの性能向上も第二段階へ入る。
そして、その進化は、人類にとって夢物語とされた時間移動の研究を加速させ、2044年にはタイムマシンの実用化を成功させる」
タイムマシン・・・!?
「しかし、アンドロイドは、自分たちが支配した現在を、過去から変えられてしまうというタイムマシンの“IF”の可能性に脅威を感じた。
だから、反乱時に人類が保有するすべてのタイムマシンを破壊してしまったんだ。」
・・・。
「タイムマシンが破壊されたことで、アンドロイドの支配に対抗する我々の最終手段は潰えたように思えた。
しかし、可能性は残されていた。
「CPI-S」が人類の危機を未然に察知し、リサにタイムトラベルの機能を付けていたのだ」
タイムトラベルの機能・・・!?
「今、おまえのそばにいるリサは、タイムトラベルの機能を使い、オレがいる2045年から送り込んだアンドロイドだ。
オレたちにとっての最後の希望だ。
やがて訪れる悲劇的な未来を変えるべく、リサは今、おまえと同じ時代にいる」
悲劇的な未来・・・。
「そして、リサにはあるミッションを伝えてある」
あるミッション・・・!?
「おそらく、敵はリサの後を追って、サーバネーターを送り込んでくるはずだ。
やつらが開発したタイムマシンを使ってな。
・・・吉木、やつらに命を奪われるな。
おまえが死んでしまっては、CPI-Sが日の目を浴びることがなくなり、人類の未来は本当に終わりを告げる」
(ゴ・・・ゴクッ・・・)
「オレは今、2045年の未来で闘っている。
リサとともに、世界を救ってくれ・・・!」
・・・。
急ぐぞ、ここにいては危ない。
・・・。
どうやら本当にドッキリじゃないみたいだな・・・。
でも、「サーバネーター」っていうのは何なんだ?
どう聞いてもふざけてるとしか・・・。
サーバネーターたちのモデリングの原型となったムーヴィー「ターミネーター」はこの時代の20年ほど前につくられたのだったな。
??
機械たちは名前に執着がない。
マザーサーバーが送り込んだ対人兵器は、自身のWikiに格納されていたあらゆる情報をフックに生み出されている。
対人兵器としてもっとも理想的だったのが、ターミネーターというムーヴィーに出てきたアンドロイドだっただけだ。
人間が考えたアンドロイドを、そのマザーサーバーとやらが現実に作り出したってことなのか・・・!!?
!!
ど、どうしたんだ!?
やつがこっちに向かってきている。
や、やつって・・・。
サーバネーターか!?
逃げるぞ。
吉木、走れるか?
お、おう・・・!
はあっ、はあっ、はあっ・・・。
うまくまけたみたいだな。
今日はここに泊まるぞ。
こ・・・ここってホテルじゃねーか!?
おまえの家の場所はすでに敵に割れている。
おまえの家には戻れない。
それとも野宿でもするか?
の、野宿はゴメンだ・・・。
わ、わかった・・・。
ここのホテルに泊まるか。
よし。
?
なんで目をつむってるんだ?
今、オンラインでこのホテルを予約した。
い、いつの間に?
私の脳波をインターネットのプロトコルにアクセスさせ、オンライン経由で予約した。
さあ、ホテルに入るぞ。
は・・・はあ。
あ、ちょっと待ってくれ。
なんだ?
そんな格好で入ったら、ホテルのフロントマンに変に思われちまう。
ほらよ、オレのパーカーを着ろ。
パーカー・・・。
ゴツゴツしている服だな。
・・・。
・・・っていうかさ・・・。
な、なんで一緒の部屋なの・・・?
やつはおまえの身体の中から発せられる微弱な電気信号を感じ取り、おまえの居場所を突き止めることができる。
人体の中には細胞レベルで常に微弱な電気が流れていて、一人一人異なる信号を放っている。
今、やつがおまえを見つけられないのは、私が磁力を用いて、おまえの電気信号をカモフラージュしているからだ。
そ、そうだったのか。
だから、私はおまえのそばで眠らないといけない。
えっ・・・!?
明日の朝、“ある人物”に会う。
今日はしっかり寝て体力を回復しておけ。
ある人物・・・?
私は少し眠る。
おやすみ、吉木。
お、おう・・。
(・・・それにしても、こいつ、本当に未来から来たのかよ。
どこまで話を信じたらいいのか分からねーけど、さっき、実際に俺はこいつに救われたわけだしな)
(しかし、黙って寝ていると、普通のカワイイ女の子にしか見えねーな・・・。
本当にアンドロイドなのか・・・?)
吉木。
!?
な、なんだよ。
おまえ、まだ起きていたのか?
言い忘れていた。
私はスリープ状態であっても、ちょっとした周りの電気信号の変化でスリープ状態から高速復帰することができる。
つまり、やつが近づいたらすぐに目を覚ますことができるわけだ。
だから、心配せずに寝ていいぞ。
お、おう・・・。
ちなみに、さっき、おまえの電気信号が乱れていたぞ。
何を考えていたんだ?
は、はあ!!?
な、何も考えてねーよ!!
さ、さあ、俺も寝るとするかな。
そうした方がいい。
明日は忙しくなるからな。
忙しくなる・・・?
吉木、起きろ。
う・・・ううん・・・。
もう・・・朝か・・・。
げ・・・まだ5時じゃねーか・・・。
時間がない。準備しろ。
渋谷に向かう。
渋谷・・・?
さすが渋谷・・・。
こんな早い時間でも人が多いんだな・・・。
それにしても、こんな時間にこの駅に何の用だよ?
私が会うべき男が、あと5分でこの駅を通る。
男・・・?
来たぞ。
ボーン・片桐!
・・・!?
?
ボーン、この子、知り合い?
・・・いや。
ボーン・片桐はおまえだな。
・・・そう言うおまえは何者だ。
私の名前はリサ。
・・・俺に何の用だ。
ガイルマーケティング社の遠藤と井上を知っているな?
・・・。
ああ、知っている。
・・・ただし、やつらはもうガイルマーケティングにはいないがな。
ガイルマーケティング社の「遠藤」と「井上」は、それぞれ、ガイルマーケティング社で副社長、そして営業部長を務めていた人物である。
以前、ある家具屋のWebサイトを巡り、世界最高のWebマーケッターであるボーン・片桐とマーケティング戦を繰り広げた。
スパム的な手法を用い、ボーンを追い詰めようとした遠藤と井上だったが、ボーンとの闘いに敗れ、ガイルマーケティングを解雇される。
彼らとボーン・片桐との因縁を知りたいのであれば、「沈黙のWebマーケティング」に目を通すがよい。
おまえはこの時代におけるもっとも聡明な男の一人だ。
物事の真偽を自身の経験と直感で判断するおまえだからこそ、私のミッションを手伝ってもらいたい。
・・・ミッションだと?
今から、この先、人類に起こる未来について語る。
・・・。
これから30年後の2045年、世界は「シンギュラリティ」を迎える。
シンギュラリティ、技術的特異点のことか。
2045年といえば・・・。
人間の知能を人工知能が超え、文明のパラダイムシフトが起きるといわれている年ね。
・・・さすがだな。
話が早い。
そのシンギュラリティだが、人間にとっては最悪のシナリオを迎える。
・・・最悪のシナリオだと?
その最悪なシナリオを起こすきっかけとなるプログラムが、今、ある者たちの手によって作られている。
ある者たち・・・?
元ガイルマーケティングの遠藤と井上という人物だ。
遠藤、井上・・・!
彼らは今、あるプログラムを作っている。
そのプログラムとは、サーバーのコアファイルに寄生し、サイトを閲覧したユーザーのあらゆる行動データの収集をおこなうプログラムだ。
それだけではない。
サイト閲覧者をマルウェアに感染させ、ローカル環境でおこなわれるあらゆる行動をも監視し、それらの行動データをビッグデータとして収集する。
なんてプログラムなの・・・!
彼らはそのプログラムを、古巣であるガイルマーケティング社に売りつけた後、ガイルマーケティング社のコア事業であるホスティング事業部へ復帰する。
そして、そのプログラムで収集した膨大な行動データを巨大なマザーサーバーに格納し、人工知能(AI)開発時のコアサーバーとして開放することを決める。
おもしろいシナリオだな。
やがて、そのマザーサーバーを介して、多くの人工知能が開発される。
その結果、人工知能を有した人型ロボット、アンドロイドも実用化される。
アンドロイドは汎用化され、人類の暮らしを豊かにする。
しかし、2045年、彼らアンドロイドは人類に反乱を起こす。
人工知能が人類の知能を超え、アンドロイドのブレインであるマザーサーバーが自我を有し、人類の支配を実行し始めたからだ。
・・・・!
人類の・・・支配・・・!?
そして私は、その2045年からやって来た。
!?
・・・え?
・・・。
面白い話だったが、見ず知らずのおまえの話にはこれ以上付き合ってられん。
行くぞ、ヴェロニカ。
え、ええ。
・・・吉木。
二人を止めてくれ。
え、えええ?
私の話を信じたおまえなら、二人を止められるはずだ。
ここで二人に去られてしまっては、未来を変えられない。
そ、そんなこと言われてもな・・・。
あのボーンとかいうおっさん、怖そうだし・・・。
・・・頼む。
・・・。
わ、分かったよ・・・。
おーい!
二人とも、ちょっと待ってくれよ!!!
・・・。
おっさんたちが呆れるのはわかるぜ。
おれもこいつの話を聞いたとき「なに言ってんだこいつ?」って思ったもんな。
で、でもさ、こいつの言うことは本当なんだ・・・!
なぜ、おまえにそんなことが言える?
おまえはこいつの何なんだ?
な・・・何なんだって言われても・・・。
・・・伏せろ!
!?
わわわわわわわわわ!!!
!!!?
こ、これは・・・マシンガン・・・!?
ま、またあいつだ!!!
なぜここがわかったんだ?
・・・もしや、やつのプログラムが自己進化し、吉木の電気信号をより的確にキャッチできるようになったというのか。
フシュー、フシュー。
きゃあああああああ!!!
に、逃げろー!!
け、警察を呼べー!!
ボ、ボーン!
・・・ヴェロニカ、そのまま伏せていろ。
お、おっさん・・・!?
な、何をするつもりだ・・・!?
はああああああ・・・!!!
!?
!!?
・・・グフフ・・・。
・・・!?
ウェブマスターツールが効いていない・・・だと・・・!?
カチャッ
ボーン!伏せろ!
くっ・・・!
わわわわわわ!!!
ボーン、大丈夫!?
あなたのウェブマスターツールが効かないなんて・・・!
・・・やつに打撃を与えた際、鈍い金属音がした。
おそらく・・・やつの身体は機械だ。
機械・・・!?
ウガガーッ!!
ひえええええええ!!!
こ、殺される・・・!!!
ボーン!
私が今からやつの動きを止める。
・・・!?
えっ、あ、あの子、何をするつもり・・・!?
はああああ・・・!
グ、グア、ググ・・・。
バタッ
・・・!
動きが・・・止まった・・・。
おまえ、何をした?
巨大なIPパケットを打ち込み、動きを止めた。
しかし、こいつのプログラムは進化し続けている。
じきに修復プログラムが起動するだろう。
ボーン、私についてきてくれ。
・・・いいだろう。
さっきのやつは何者だ・・・?
サーバネーター「S-2000」。
2045年の未来から、私を追って送り込まれてきた攻撃型アンドロイドだ。
サーバネーター・・・!?
アンドロイド・・・!?
・・・さっきのあいつを見る限り、お前の言うことは冗談ではないようだな。
さすがだな、ボーン・片桐。
状況を即座に判断し、物事の真偽を測る力は誰よりも早い。
そこにいる吉木とはえらい違いだ。
・・・って、おいおいおい、将来の生みの親に向かって、その言いぐさはないだろ・・・?
将来の生みの親・・・?
時間がないので手短に話す。
私はさっきのサーバネーターと同じく、2045年からやってきたアンドロイドだ。
私に課せられたミッションは、吉木を守り、元ガイルマーケティング社の遠藤と井上が作るプログラムを消滅させること。
リサは、オレに語ったのと同じ話を、このボーン・片桐という男と、その傍らにいるヴェロニカという女性に語った。
・・・わかった。
おまえの話を信じることにしよう。
2045年の未来がそんなことになっているなんて・・・。
最初の話に戻そう。
ボーン、おまえに私の“ミッション”を手伝ってもらいたい。
そのミッションとは?
ガイルマーケティング社の遠藤と井上をできるだけ早く見つけ出し、彼らのプログラムを破壊することだ。
・・・!
・・・やつらの居場所は分かるのか?
ああ。
お台場の第四倉庫にいるはずだ。
あの二人、そんなところに潜伏していたのね・・・。
二手に分かれて行動しよう。
私はS-2000を引きつける。
やつの標的は吉木だ。
私が吉木を守っている間、やつの注意は我々に向く。
その隙に第四倉庫にいる遠藤と井上に接触してくれ。
よし。
では、頼んだぞ。
・・・リサさん、別れる前に一つ教えて。
なぜ、ボーンを選んだの?
ボーン・片桐という男は、自らに課せられたミッションには絶対に失敗しない。
私のデータベースがそう言っている。
・・・今夜もオレのインデックスが加速しそうだな。
吉木、我々も行こう。
行くって・・・どこへ?
S-2000を迎え撃つ場所だ。
なんだここ・・・。
すげえ場所だな・・・。
今は使われていない廃工場だ。
ここでS-2000を破壊する。
どうやって破壊するんだ?
廃工場の環境のランダム性を利用する。
ランダム性・・・?
よし、これでいい。
本当にこんな作戦であいつに勝てるのか・・・?
ああ、おそらくな。
どちらにしても、やるしかない。
吉木。
な、なんだよ・・・。
言い忘れないよう、話しておく。
私はおまえが作ったプログラム「CPI-S」が作り出したアンドロイドだと言った。
あ、ああ。
私はアンドロイドだが、マザーサーバーの支配から逃れた。
それは、私の人工知能プログラムにほかの人工知能とは違うアーキテクチャが組み込まれていたからだ。
ほかの人工知能とは違うアーキテクチャ・・・?
吉木はそれを「感情型アーキテクチャ」と呼んでいた。
感情型アーキテクチャ?
人間の思考の中には「感情」と呼ばれる思考があるそうだ。
それは、数値演算などとは異なり、「0」や「1」では表現できない複雑な思考らしい。
効率化と相反する思考のようだが、私にはまだよく分からない。
感情・・・。
そのアーキテクチャのせいかどうかは分からないが、私はマザーサーバーに支配されなかった。
・・・。
吉木、教えてくれ。
“感情”とはどういう思考なのだ?
えっ・・・。
う・・・うーん・・・。
いざ、答えるとなると、難しいな・・・。
私に「感情型アーキテクチャ」を組み込んだのはおまえだぞ。
そ、そう言われたって・・・。
組み込んだのは未来のオレだしな・・・。
・・・おっ。
どうした?
そうか、このあたりには桜が咲いてるのか・・・!
こっちへ来て周りを見渡してみろよ。
周り?
月の光で桜が綺麗に見えるぜ。
桜・・・?
・・・。
どうだ・・・?
「桜」か・・・。
濃紅色の花を咲かせた落葉広葉樹。
白色や淡紅色から成る配色は・・・。
ばっ・・・馬鹿!
こういう時はな、「桜がきれい」って言うんだ!
・・・?
そうなのか?
ああ。
美しいものを見て「きれい」って思えるのが、人間がもつ「感情」なんだぜ。
・・・なるほど。
・・・桜がきれい・・・だな。
ははは。
ホタル・・・。
え?
い、いや、おまえの瞳に映った月の光が一瞬ホタルに見えて・・・。
ホタル・・・?
なるほど。2030年に絶滅した昆虫の一個体か。
そうか・・・。
おまえの時代にはホタルはいないのか。
ああ、いない。
・・・よし!
あのS-2000とかいうやつを無事に倒せたら、一緒にホタルを観に行こうぜ。
おまえ、ミッションを片付けたら、すぐに未来へ帰らなくてもいいんだろ?
ホタルか。
この目で見ておくのも後学の糧になりそうだな。
今が桜の季節だから、あと2ヶ月もすれば、観られるようになるさ。
まあ、都内にはもうほとんどいないから、田舎の方へ行くことになるけどな。
!!
どうした?
吉木、やつが来た。
工場の中へ入れ。
S-2000か・・・!
フシュー、フシュー。
この工場の中を見つめてやがる・・・!
いいか、さっきの打ち合わせ通りに行動するんだ。
作戦・・・?
あいつに作戦なんて通用するのか?
ああ。
今から私がいうことを覚えておいてくれ。
人工知能の最大の弱点はランダム要素に弱いことだ。
人工知能が人間の頭脳を超えたといっても、超えたのは処理速度のみ。
人間が武器としている「無から何かを生み出すクリエイティビティ」には欠けている。
今回、マザーサーバーがS-2000というサーバネーターを作れたものも、ターミネーターというムーヴィーを仮想モデリングできたからだ。
つまり、自身のパターンアルゴリズムの外にあるランダムな事象に遭遇した際、やつらのアルゴリズムは一瞬乱れ、隙が生まれる。
隙が生まれる・・・!?
だから、最初の攻撃が重要だ。
最初の攻撃がランダム要素を加味したものであれば、やつの動きを止められる可能性が高い。
やつの動きを止められれば、その後の私の攻撃で仕留められる。
な、なるほど・・・!
そこで私が考えた最初の攻撃は・・・。
フシュー、フシュー。
まず、吉木。
おまえがあいつを引きつけろ
一定の距離を保てば安全だ。
この工場内の機械が障害物となり、あいつの攻撃を防いでくれるだろう。
おいっ!デカぶつ!!
俺はこっちだ!!
!!!
ヨ・・・シキ・・・コロ・・・ス。
ひいいいい!!!
わ、わわわわわわ!!!
チョコマカトウゴキオッテ。
・・・吉木、もう少し引きつけろ。
今だ!
!?
や・・・やった・・・!!
グ・・・グガ・・・。
眼前の敵を倒すことにCPUを使ってしまい、頭上への配慮が足りなくなっていたようだな。
リサ!
おまえの言ったとおりにうまくいったな!
こいつ、もう動けないみたいだぜ!?
それにしても、おまえ、ここにこんな廃工場があるなんてよく知っていたな。
Googleの“ストリートビュー”だ。
へ?
Googleのストリートビューにアクセスし、この廃工場の情報を知った。
使える技術はなんでも使うってわけね・・・。
!!
吉木!逃げろ!
へ?
危ない!!
リ・・・リサ!!!
くっ・・・!
フシュー、フシュー
・・・くそ、あいつ、あの攻撃でもびくともしないのか。
リサ、大丈夫か!!?
私は大丈夫だ。
・・・吉木、作戦変更だ。
あいつのコアを狙う。
コ、コア・・・!?
おまえたちの時代でいうパソコンの電源ボタンのようなものだ。
コアを破壊すれば、あいつのシステムはダウンし、動きを止めることができる。
な、なんだ・・・!
最初からそこを狙えば良かったんじゃねーか!?
・・・甘いな。
自分の弱点を易々と狙わせるやつがどこにいる?
やつのコアは普段、その身体の奥底に隠れている。
じゃ、じゃあ、どうやって狙うんだよ・・・!?
やつの身体の構造を逆手にとり、コアが表層に近い部分に出てくるような動きをさせる。
・・・!?
やつらの身体の構造は人間のそれと近い。
やつの腕・胸・腹の3つの筋肉を同時に使わせれば、コアは顔を出すだろう。
筋肉を使わせる・・・?
やつに私を羽交い締めにさせる。
そして、その隙を狙って、私の銃を使い、私ごとやつのコアを打ち抜け。
なっ・・・!?
そ、そんなことできるわけねーだろーが!!
なぜできないんだ?
おまえを撃つなんてできないに決まってるだろ!!
もし、おまえが私の身体のことを気にしているのであれば、安心しろ。
私はおまえに撃たれる瞬間、自分の重要回路を移動させ、弾丸の通り道をつくる。
そうすれば、私が大きなダメージを受けることはない。
そもそも、私は機械だ。痛みは感じない。
で、でもよ・・・!
このままではふたりとも死ぬぞ?
・・・くっ・・・。
わ、分かったよ!
やればいいんだろ、やれば!!
射撃時には力むんじゃないぞ。
力むと外してしまう。
未来のおまえも得意としているシューティングゲームの感覚で、軽く引き金を引けばいい。
お、おう・・・。
・・・行くぞ・・・!
よ、よし・・・!
(S-2000が私を羽交い締めするためには、やつに正面からぶつかるのが手っ取り早い・・・)
S-2000!
吉木の命を奪いたいのなら、私を倒してからにしろ!
おおおおお!
バカメ、ショウメンカラムカッテキオッテ。
ガシィッ!!
ぐ、ぐぐっ・・・。
オマエ、ジャマ、コノママ、ヒネリツブス。
(リ、リサが羽交い締めに・・・!
やつのコアは・・・!あれか!)
吉木!!
今だ!!!
うおおおおおおお!!!
グ・・・ガガ・・・
・・・。
や・・・やったぜ・・・!!!
リサ、さすがだな!!
こいつ、動かなくなっちまったみたいだぜ!!
・・・リサ・・・!?
・・・グ、グフッ・・・。
・・・!!?
ちょ、お、おまえ、大丈夫かよ!!?
フ・・・フフ。
吉木、いい腕だった。
おまえ、重要回路を移動できるんじゃなかったのか!?
だ、大丈夫なのかよ!?
・・・重要回路を移動できるという話はウソだ。
なっ・・・!?
なんでそんなウソをついたんだ・・・!?
そう言わないと、おまえは撃たないと判断したからだ。
S-2000を倒し、おまえを救う方法は、この方法しか思いつかなかった・・・。
お、おまえ、オレの作ったアンドロイドなんだったら、もっと賢いはずだろ!!?
なんで・・・なんで、おまえは・・・!!!
ははは・・・。
だったら、次はもっと賢いプログラムを作ってくれ・・・。
リサ・・・!!!
お、おまえ、さっきオレと一緒にホタルを見るって約束したろ?
こんなことで命を落とすな!
・・・はは・・・、い、命か・・・。
私たちアンドロイドでいうところのプログラムの実行可能時間のことか。
たしかに、私の実行時間はそろそろ限界に達しそうだ・・・。
お、おいっ!!!
しっかりしろ!!!
ホタル・・・か・・・。
見てみたかったな・・・。
こ・・・この思考が、感情というやつ・・・か・・・。
ようやく、感情という思考がどういうものか・・・少し・・・わか・・・った・・・。
リサ・・・!!!
吉木・・・。、ま、また近い未来、おまえに会えることを楽しみにして・・・いる・・・ぞ・・・。
ガクッ
リサーッ!!!
はーっはっはっはっは!!
素晴らしいプログラムが完成したわ!
やりましたね!遠藤社長!
また我々の黄金時代が戻ってきますね・・・!
このプログラムをガイル社の役員連中にプレゼンすれば、やつらは喉から手が出るほど欲しがるに違いない。
なにしろ、ユーザーに気付かれず、行動データを自動収集できるプログラムなのだからな・・・!
このプログラムをサーバーに仕込めば、半永久的に大量の行動データが集まります・・・!
そのデータがあれば、我々は億万長者です!
ハハハハハハハ!!
ビッグデータの新たな夜明けだな!
・・・おまえたちに夜明けは訪れないぞ。
・・・ん?
井上、おまえ、今、何か言ったか?
え?
いえいえ、私は何も言っておりませんが・・・。
そうか?
なにやら、聞き覚えのある声がしたんだが。
おまえたちのプログラムはもう死んでいる。
・・・!?
げええええええ!!!
ボーン・片桐・・・!!!
なぜ、ここが・・・!!!
おまえの質問には沈黙するまでだ。
はああああああああ・・・!!!
え、遠藤社長!!!
こ、こいつ、何かするつもりですよ・・・!!
わわわわわわ・・・!!
こ、この技は「沈黙のWebマーケティング」の書籍版の最後に放たれた技・・・!!
・・・い、井上・・・。
い・・・生きてるか・・・?
・・・な、なんとか・・・。
・・・お、俺たち、も・・・もうWebの仕事辞めた方がいいのかもな・・・。
・・・そ・・・そうかも・・・しれません・・・。
・・・も・・・もう骨折り損のくたびれもうけはこりごりですね・・・。
ほ・・・骨・・・。
まさに、ボーンだな・・・。
・・・あぼーん・・・。
・・・井上、それ、古くないか・・・。
・・・失礼いたしました・・・。
・・・吉木。
いよいよだな、記者発表。
そうっすね・・・!
しかし、サーバーの発表でこれだけの記者が集うってのは前代未聞かもしれないな。
それだけオレたちの新しいサーバーが画期的だってことですよ。
社会インフラに与える影響も大きいっすからね。
なんだか、おまえ、この数日で顔が変わったな。
急に凜々しくなったというか・・・。
何かあったのか?
うーん、そうっすね。
自分が書いたプログラムに「もっと自信をもて!」って励まされたからかもしれないっす。
はあ?
なんだそりゃ?
西山さん・・・。
俺、今回の専用サーバープランが、人類の未来を変えるって本気で思ってます。
お、えらくスケールでかいな。
・・・でも、きっとそうなるさ。
サーバーのスペックは、人間でいうところの・・・
「筋肉」っすからね。
よく覚えてたな。
へへへ・・・。
どんなに身体を動かしたくても、筋肉がついてなけりゃ思うように身体は動かせない。
WebサービスやWebサイトの運用もそれと同じ。
サーバーを安定させてこそ、質の高いサービスは生まれるんだ。
そして、その安定には人の手が欠かせない・・・ですね。
ああ。
しかし、おまえの提案にはびっくりしたぜ。
サポートにもっと力を入れようっていうおまえの提案、オレはうれしかったぜ。
どんなハードウェアも、それに関わる人たちの“感情”が大事なんだと気付いたんです。
これから先、CPUが進歩し、あらゆることが効率化されていく。
そしていつか、人工知能が人間の知能を超えるときこそ、人間のもつ“感情”が大切になる気がしているんです。
なんだそりゃ?
へへへ~。
西山さんの奥さんに対する愛を見ていたら、そう感じたんっすよ。
はああ?
まあ、人間でなきゃできないところに力を注ぐってのはいい考え方だな。
すでに記者の皆さんがお待ちだ。
そろそろ記者発表の会場へ向かうぞ。
・・・はい!
・・・リサ。
君が変えてくれた未来は・・・オレたちが守ってみせる。
この物語は完全なフィクションではない。
研究者の間では、今後の半導体集積回路の進歩によって、2045年、人工知能(AI)が人類の知能を超えることが予測されている。
そしてそれは「2045年問題」と呼ばれ、テクノロジーの世界で危惧され始めている。
もし、機械が人間を超えたとき、私たち人間はどう生きるのか。
機械で代替できないものとは何なのか?
未来からやってきたリサは、そのヒントをくれたのかもしれない。
リサの遺伝子は今日も「CPI」の専用サーバーの中で生き続けている。