このままだと、危ないな・・・。
松尾はノートPCのパームレストに右手をつき、溜めた息を吐いた。
独り言がこぼれていることに、彼は気付かなかった。
ただ、独り言がこぼれても問題なかった。
彼がいるのは、自宅の仕事部屋だったからである。
2020年9月、松尾は、大きな問題を抱えていた。
2020年に入り、突如として世の中を襲った新型コロナウイルス。
人々に不安と恐怖を与え、生活だけでなく、経済にも大きなダメージをもたらした脅威の存在。
松尾が代表を務める株式会社ウェブライダーにも、新型コロナウイルスの影響はじわじわと迫っていた。
多くの人はこう語る。
「オンラインを主戦場とするIT企業なら、新型コロナウイルスの影響は少ないのでは?」と。
たしかに、IT企業の一部は、オンラインに軸足を移す多くの消費者のニーズに応え、その売上げを伸ばしつつある。
しかし、松尾が代表を務めるウェブライダーは、その逆だった。
新型コロナウイルスの影響をじわりじわりと受け続け、自社の業績が事業計画よりも伸び悩んでいたのだ。
いや、伸び悩むという表現は優しすぎる。
ウェブライダーの主幹事業のひとつである「SEOコンサルティング」への発注件数は明らかに減っていた。
コンサルティングの品質自体が落ちているわけではない。
自分たちとしては、以前にも増して精度の高い、費用対効果にあったコンサルティングを提供できている。
それゆえに、新規の問い合わせが減り始めたことに、違和感をおぼえていた。
また、既存事業への投資や、2020年3月から始めた新規事業への投資が重く響き、ウェブライダーの内部留保は減り始めていた。
財務の不安が深まる中、いくつものプロジェクトを進め続けなければいけない。
松尾は気付かぬうちに疲労を溜めていた。
・・・とにかく、今日は寝よう。
パフォーマンスが落ちたら、元も子もない。
そう言い、寝室に足を運ぼうとした松尾だったが、突然強い眠気を感じた。
ノートPCの光る画面の前で、松尾はうつらうつらとし始めた。
・・・ん?
まどろみの刹那、松尾は部屋の中に何者かがいる気配に気づいた。
・・・だ、誰だ、お前は・・・!?
気がつけば、松尾の目の前に巨躯の男がいた。
背丈は2m近いだろうか。
松尾は本能的に命の危険を感じた。
松尾はその声に聞き覚えがあった。
いや、その声をハッキリと聞いたことがあるわけではない。
松尾の脳が、その男の声を“聞き馴染みのある声”だと勝手に変換したのだ。
そんなまさか・・・。
ありえない・・・。
そうさ。
今、お前の会社が“ありえない状況”だからこそ、俺が出てきてやったのさ。
僕は幻覚を見ているのか・・・?
なぜ、お前が目の前にいるんだ・・・!?
ボーン・・・、ボーン・片桐!
松尾は自分がついに狂ってしまったのではと思った。
なぜなら、今、松尾の前に現れたその男は、松尾が執筆した書籍に登場する架空のキャラクター「ボーン・片桐」だったからだ。
ボーン・片桐とは、松尾が執筆した書籍『沈黙のWebマーケティング』『沈黙のWebライティング』の中に登場する主人公である。
「世界最強のWebマーケター」という肩書きをもつその男は、40kgもの重さのノートPCを操り、その肉体とマーケティングの知見を武器に、数多のWebサイトの改善を成功させるのであった。
(これは夢だ・・・。
僕が生み出したキャラクターが、なぜ、僕の目の前に・・・?)
松尾、お前は一体何に悩んでいるんだ?
お前は、世界最強のWebマーケターである俺を生み出した。
そんなお前が悩むとはな。
・・・ははは、そういや、お前は世界最強のWebマーケターという設定だったな。
夢の中で今の僕を笑いにきたのか?
・・・ああ、そのようなものだな。
笑いたければ笑えばいいさ。
現実はマンガのようにはうまくいかないからな。
夢ならば何も疑問をもつことはない。
いっそ、夢の中だからこそ、自分の心の内をさらけ出せる。
松尾はボーンと対話を重ねようと考えた。
フッ、現実はマンガとは違うだと?
俺にとっては、俺のいる世界こそが現実で、お前のいる世界こそが虚構のように見えるがな。
・・・な、なに・・・?
松尾はボーンからの不意打ちに、言葉を詰まらせた。
俺たちはお前が創った世界の中で、俺たちが信じるWebマーケティングを完遂した。
その事実は揺らがない。
しかしお前はどうだ?
現実の世界で一体何をしているんだ?
何をしているって・・・。
お前は他社のコンサルティングや制作など、他人のためには120%の力を出してきた。
しかし、自分たちを振り返ってみろ。
他人に言ってきたことを、自分たち自身に向けては、ほとんど実行できていない。
・・・!!
ハッキリ言ってやろう。
お前の会社の売上げが伸び悩んでいる原因は、新型コロナウイルスではない。
お前自身の問題、いや、お前だけではない、ウェブライダーという「法人」のDNAの問題だ。
ウェブライダーという「法人」のDNAの問題・・・。
お前もそれを本能的に理解している。
しかし、それを言葉にするのが怖いだけだ。
・・・!!
ウェブライダーはお前だけの会社ではない。
自惚れるな。
松尾はしばらく言葉を返せないでいた。
やがて、窓の外が白んできた。
またな。
ボーンはそう言うと、松尾に背を向け、歩き出した。
一歩、また一歩と歩くごとに、彼の姿は朝の光に包まれるようにして消えていった。
・・・夢・・・だったのか?
気がつくと、松尾は寝室のベッドの上で、目を覚ましていた。
ボーン・片桐との対話は夢だったのだろうか。
しかし、彼の鼓膜には、ボーン・片桐が語った言葉の余韻がたしかに残っていた。
この日、ウェブライダーでは、月に一度開かれる全社ミーティングが開かれていた。
ウェブライダーでは、2020年3月から、新型コロナウイルス感染症対策として、在宅勤務を基本とし、フルリモートで業務を進めてきた。
しかし、8月以降、フルリモートワーク中のメンバーからの要望で、全社ミーティングをおこなうときは、希望者のみ、京都本社オフィスへの出社が可能となった。
この日の京都オフィスには、広江、伊藤、宮本、赤木、達川の5名、そして松尾を入れた計6名のメンバーが出社し、全国のメンバーとZoomを介しつつ、総勢14名でのミーティングがおこなわれていた。
出社組は皆マスクをつけての参加だったが、もう見慣れた光景となっていた。
ミーティングで飛び交うメンバーたちの声を聞きながら、松尾は感慨にふけっていた。
(最初はたった3人しかいなかった会社が、今はこんなにたくさんのメンバーに囲まれているなんてな・・・)
ウェブライダーはパートタイムのメンバーを含めて16名の会社だ。
事業のポートフォリオとしては、売上げの4割が「SEOを軸としたWeb集客のコンサルティング」や「Webサイト制作」といった受託事業から。
そして、売上げの6割が、文章作成アドバイスツール「文賢(ブンケン)」やSEOを意識したテンプレート「賢威(ケンイ)」、バナー作成アプリ「バナープラス」といった自社事業によるものだった。
この日の全社ミーティングでは、各事業の売上げの共有や、進捗確認などがおこなわれた。
みんな、ミーティングおつかれさま。
えーっと、出社組のみんなは残ってもらってもいいかな。
松尾は、出社組の5人に、ミーティングルームに残ってもらうように頼んだ。
・・・みんな、今日のミーティングでも共有したけれど、うちのコンサルや制作の新規受注が思わしくない。
松尾がそう言うと、ミーティング後の和やかだった空気がピンと張り詰めた。
新型コロナウイルスの脅威で、さまざまな業界が影響を受け、経済全体に元気がないという理由もある。
ただ、IT業界では伸びている会社が多くある。
とくに昨今、DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉がちょっとしたバズワードになるくらい、多くの企業がデジタルシフトに力を入れようとしている。
うちの業務領域はWebに特化したものではあるけれど、本来は追い風が吹いているはずなんだ。
でも、受託事業の問い合わせが少しずつ減っている。
その理由を皆で話し合って、対策を考えたいと思ってるんだ。
・・・松尾さんのおっしゃるとおり、受託事業の売上げが少しずつ落ち込んでいます。
口を開いたのは、コンサルティングや制作をメインに担当してくれているプランニング・ディレクターの「伊藤」だった。
うちは元々、制作案件をあまり積極的に受けていないという背景はありますが、問い合わせの件数はたしかに減ってきています。
とくに新規のコンサルの問い合わせが、6月から減っています。
そう、コンサルの問い合わせが減っている。
うちの事業ポートフォリオの中で、コンサルの占める割合はそれほど大きくないとはいえ、問い合わせ件数はうちの市場評価を示す指標でもあった。
とくに、今のような社会的に大変なときこそ、お客さまの力になれるコンサルを目指してきたのに、実際には問い合わせが減ってしまい、今のやり方ではいけないのだと反省してる。
ウェブライダーの全売上げの4割を占める受託事業。
その4割のうち7割の売上げを占めていたのが、コンサルティングだった。
ウェブライダーのコンサルティングは、SEOを軸としたWeb集客のアドバイスをおこなう。
自社メディア運用の実績をもとにした、独自の視点でおこなうコンサルティングは、多くのお客さまから高い支持を得ていた。
ウィズコロナにおいて、WebマーケティングやWebコンテンツ制作の必要性がますます高まっている中、問い合わせが減っているのは、私たちの存在意義にも関わってくる問題だと思います・・・。
そうだな・・・。
この状況が続くと、今期のうちの売上げにも影響が出そうだ・・・。
そうですね。
他事業への投資にも影響が出てくると思います。
そう切り込んだのは、チーフマネージャーの「宮本」だった。
彼は元々、エンジニアとして入社したが、本人の希望や適性をもとに、現在はあらゆる事業を横断するマネージメント職に就いている。
そう。
うちは自社事業を展開するからこそ、独自のノウハウと実績をつくれてきた。
自社事業の分析に基づくノウハウをもとにコンサルをおこない、ウェブライダーならではの価値を提供してきた。
そして、コンサルの売上げを自社事業へ回すことで、さらに独自のノウハウと実績を磨いていく、という循環サイクルだったんだ。
このままでは、そのサイクルが機能しなくなってしまう。
はい。
僕のほうで、ここ半年間のコンサル依頼の問い合わせメールを確認してみました。
メールのやりとりを見ているかぎり、今起きている問題は大きく2つあると思います。
- そもそも、問い合わせ件数が減っている
- 契約の「成約率」が落ちている
契約の成約率が落ちている大きな理由は、金額かもしれないです・・・。
6月以降、お問い合わせいただいたうち、半数のお客さまは予算面でNGが出ました。
そうなんだよな。
コンサルの金額はうちの会社サイトにも掲載しているから、問い合わせの段階で、金額にはある程度の納得感をもってもらえているはずなんだけど・・・。
私もそう思っていたのですが、その後の社内稟議でNGが出るようなんです。
初回コンサル60万円、顧問コンサル50万円/月という金額は以前から変化していないんですが・・・。
・・・まあ、ぶっちゃけ、それだけの金額を払えれば、人ひとり採用できますよね。
そうツッコんできたのは、エンジニアの「広江」だった。
彼女は独創的な視点で、いろいろな意見を投げかけてくる変化球タイプ。
時折、歯に衣着せぬ発言をおこなうが、それが許されてしまうキャラだ。
まあ、金額だけ見れば、高くは感じるかもしれない。
でも、うちはずっと同じ価格帯でコンサルをしてきたし、お客さまにも満足してもらってきた。
この金額はある種の宣誓なんだよな。
自分たちの知見、思考には、それだけの価値がありますよ、という。
うーん、なるほど。
じゃあ、こう考えてみるのはどうですか?
松尾さんが言う、そのコンサルの「価値」がしっかり理解されなくなったとか?
!!
その場にいたメンバーが一斉に広江のほうを向いた。
そう、広江は時々、核心をついた言葉を紡ぎ出す。
価値・・・。
そこでいくと、最近、コンサルのお問い合わせに、ちょっとした変化を感じるようになっていて。
変化?
「他社と検討しています」という文言を、前より見かけるようになったんです。
・・・以前よりも他社と比較されているってことか。
はい、数社を比較して発注先を選ぶというのは普通のことなんですが、うちの場合、これまでは「ウェブライダーさんにお願いします」という指名発注が多かったので気になっていて。
うちの場合、コンサルの問い合わせに至るまでの接点として、書籍やセミナー経由が多いですよね。
書籍の売り上げやセミナーの登壇回数は、このコロナ禍でも減っていません。
クチコミやアンケートをみるかぎり、内容にもご好評いただいています。
でも、そこから問い合わせにつながる確率が減っています。
・・・これはあくまでも僕の推測ですが、ウィズコロナの時代になって、セミナーがオンラインになったことが影響しているのかもしれません。
オンラインになって、これまで参加が難しかった遠方の方にご参加いただけたり、人数の制限がなくなったりと、良いこともたくさんあります。
でも、リアルなら、対面で名刺交換ができたり、懇親会でコミュニケーションができたりします。
そういった機会に、参加者さんが松尾さんやうちのメンバーと会話をし、ウェブライダーの雰囲気を知って、後日お仕事を依頼されるケースが多かったと思うんです。
たしかに・・・。
言われてみればそうだ。
うちにコンサルを依頼されるお客さまの多くは、すでに僕のセミナーなどに参加されていて、うちに大きな信頼を置いてくださっていた。
だから、他社と比較されることはほとんどなかった。
信じてもらえていたからこそ、僕たちはお客さまの期待に応えたい一心で頑張れたし、成果をあげることができた。
・・・横からすみません。
ということは、過去のお問い合わせの多くは、実はリアルで知り合った方々だったということですか?
柔らかくも芯のある声がミーティングルームに響いた。
言葉を挟んだのは、ウェブライダー広報の「赤木」だった。
まあ、すべてがそうではないのだけど、体感的には6割くらいのお客さまは、リアルで知り合っていた気がするな。
Webマーケティングに強いウェブライダーが、まさかリアルで集客していた・・・とは・・・。
セミナーの懇親会で「うちにはこんな課題があるんですけど、ウェブライダーさんならどんなコンサル受けられますか?」とか「サイトリニューアルのディレクションを含めたコンサルもお願いできるんですか」とか、いろいろご質問いただいて、プチコンサルのような会話をすることも多かったですね。
そういう会話で答えてきた内容って、うちの会社サイトに書かれてないですよね・・・?
書けてないな・・・。
自社事業のグロースや、お客さまのコンサルや制作に時間をつかっていて、正直、自社サイトは後回しになっていた。
以前までなら、ありがたいことに、そんな状態でもお客さまが問い合わせてくれた。
以前なら、ちょっとした疑問があっても、セミナーに参加すれば対面で質問できたので、サイトの状況とは関係なく問い合わせにつながっていたのかもしれません。
あの・・・。
うちの会社サイトって、いつから今の状態なんですか・・・?
2020年10月5日以前のウェブライダーの会社サイトを見る
(※2020年11月24日時点のサイトは、10月6日に少しだけリニューアルされています)
たしか、7年くらい前に突貫工事でリニューアルして、そのまま・・・。
私が8年前に入社して、ちょっと経ってからリニューアルされましたよね。
でも、そのリニューアルの中で、ロゴのリニューアルに2ヶ月もかけてしまい、途中で力尽きた気が・・・。
そう、ロゴのリニューアルで力尽きてしまい、結局、中途半端なリニューアルに終わってしまった・・・。
そして、今日に至る。
え・・・。
私が言うのもなんですが、うちのサイト、なんだかトンマナが軽いですよね。
ウィズコロナの時代に求められる、信頼性や安心感とは、逆の方向にいっているのかも・・・。
さっきの話を踏まえると、うちのサイトって、ロゴをドーン!お問い合わせフォームをドーン!だけでも、ぶっちゃけ、良かったんじゃないですか。
中途半端にデザインして、中途半端に情報を出しているから、余計に不安になってしまう。
・・・。
まあ、広江さんの言うとおり、今まではそういうシンプルなサイトでもよかったのかもしれない。
でも、話を戻すと、今は、ウェブライダーのコンサルの「価値」が伝わりにくくなっている。
だから、サイトにおいては、その価値がしっかり伝わるようにしないといけない。
ついに、サイトをリニューアルすべきタイミングが訪れたってわけですか。
・・・みんなの考えはわかった。
たしかに、そろそろ、サイトをリニューアルしたほうがいいかもしれない。
コンサルの中で、多くのお客さまのサイトリニューアルを手伝ってきたけれど、そろそろ自分たちのサイトの番だ。
ただ、サイトリニューアルの道のりはとても険しい。
サイトリニューアルを進めるためには、さっき宮本さんも言った、自分たちの事業の「価値」とあらためて向き合う必要があるだろう。
・・・。
そのとき、達川が静かにうなずくのを、松尾は見ていた。
達川は、入社3ヶ月目のマーケター。
入社して日が浅いとはいえ、さまざまな会社でマーケティングを成功させてきたベテランマーケターだった。
いつもは雄弁な彼が、この日は言葉を挟まず、静かにほかのメンバーの意見を聞いていたのだ。
みんな、今日はありがとう。
うちの課題、いや、僕の課題が見えてきた。
今日のミーティングはこれで終わりたいと思う。
松尾はそう言うと、ミーティングルームを後にした。
ようやく、重い腰を上げるときが来たな。
・・・まあ、自分でも原因は薄々気付いていたが、ふんぎりがつきそうだ。
松尾はまた夢の中にいた。
対話の相手は、ボーン・片桐だった。
今のお前たちのサイトは、言行不一致の極みだからな。
クライアントにはサイト改善のアドバイスをしておきながら、自社のサイトは何ら改善されていない。
多忙だったという言い訳はしないでおこう。
お前の言うとおりだ。
あのサイト「で」よかった時代は過ぎ去ったというわけだ。
ここからだな。
お前たちの闘いは。
・・・ああ、わかってる。
フッ。
松尾はボーンとの対話から目覚めると、2枚のスプレッドシートを作成し始めた。
そして、1通のメッセージをチャットワークに投稿した。
昨晩の松尾さんからのチャット見た?
見た。
今日の14時から、Zoomで全社ミーティングするらしいね。
みんな、業務で忙しい中、集まってくれてありがとう。
・・・実はそろそろ、長年放置していた会社サイトをリニューアルしようと思う。
やっとですね・・・!
すでに一部の人たちには伝えたけれど、今、うちの受託事業の売上げが少しずつ落ちこんでいる。
その背景には、「ウェブライダーに依頼することに、どんなメリットがあるの?」ということがわかりづらくなっていることがあると思う。
つまり、ウェブライダーに仕事を発注する「価値」が伝わりにくくなっている。
本来はうちの会社サイトを通して、その価値を伝えたいところですが、うちの会社サイトは、以前に突貫工事で制作したもので、その価値の伝え方が不十分・・・と。
そう。
だからサイトをリニューアルしよう。
自分たちの価値が伝わるサイトに。
ちなみに、今回のリニューアルにおいては、「外部のコンサルタント」的な視点をもちながら進めていこうと思う。
自社の会社サイトとなると、自分たちの思いが強すぎて、客観的な視点がもてなくなることがある。
そうなると、独りよがりのサイトになりがちだ。
ビジネスの目的でつくるWebサイトは、自分たちのためのサイトではなく、そのサイトに訪れるお客さまのためのものだ。
だから、自分たち目線よりも、お客さま目線(顧客目線)が大事なんだ。
お客さまがどんな情報を求めていて、どんな行動をとりたいのかを考え抜くことが大切ですね。
まさにそうだね。
今回のリニューアルは、次のプロセスで進めようと思う。
リニューアルまでの期間は2ヶ月を見ている。
- 1. 現状分析
- (1)事実の整理
- ・過去の案件やお問い合わせの内容を確認
- ・アクセス解析を確認
- (2)仮説の構築
- ・課題・ニーズ・ウォンツ・ソリューションの仮説を立てる
- ・自分たちが手がけるべきソリューションを絞る
- ・競合他社調査や市場分析
- ・ソリューションごとに、競合との価値を比較
- (3)仮説の検証
- ・社外調査(定性調査・定量調査)
- 2. マーケティング課題の洗い出し
- ・価値を伝える上でのマーケティング課題を洗い出す
- ・解決すべきマーケティング課題の優先順をつける
- ・マーケティング課題の対策を考える
- 3. サイトリニューアルの方針策定
- ・KPIの設計
- ・システム要件の策定
- ・制作体制、運用体制の設計
- 4. コンテンツマップの作成
- 5. サイトマップの作成
- 6. ワイヤーフレームの作成
- 7. コンテンツの作成
- 8. デザイン
- 9. コーディング
- 10. 確認&ブラッシュアップ
- 11. 公開&マーケティング
2ヶ月・・・!
かなりのハイスピードですね。
また以前のように突貫工事にならなければいいんですが・・・。
正直、かなり時間がない中でのリニューアルになるけど、今回はきっと大丈夫。
以前に比べると僕たちの思考の精度は高まっているだろうから。
何もなければ、きっと回り道せず、リニューアルを進められるはずだと思う。
・・・。
わかりました。
伊藤は何かを言いたそうにしていたが、言葉をグッと飲み込み、松尾の言葉にうなずいた。
では、早速だけど、今日から自社の「現状分析」を進めていこうと思う。
現状分析を通じて、ウェブライダーという会社がお客さまに提供できる「価値」を、あらためて言葉にしていくんだ。
言葉にすることで、見えてくることはたくさんある。
この言語化の解像度をできるだけ高くしよう。
より具体的な言葉を使って表現するということですね。
そう、具体的な言葉を使って、自社の価値をより詳細に語れるようにする。
単に「Webの集客をサポートします」と伝えるより、「検索エンジンにおけるブランド指名検索数を伸ばすためのさまざまな施策を考え、持続的にお問い合わせが増え続けるよう、12ヶ月間、2名の実績豊富なコンサルタントがチャットや対面でのコミュニケーションを通じて真摯にサポートします」と伝えたほうが、具体的な価値を感じてもらえやすいよね。
お客さまはうちが提供できる価値に詳しいわけではない。
だから、うちは「ウェブライダーという会社は、どんなお客さまのどんな課題をどう解決できるのか?」ということを、具体的な言葉でわかりやすく伝える必要があるんだ。
なるほど。
松尾さん、よく言ってますものね。
わかりやすいとは「分かりやすい」という漢字で書く。
つまり、「情報を分割して、咀嚼(そしゃく)しやすい状態こそが、わかりやすい状態なんだ」と。
そうだね。
情報を伝えるということは、料理をテーブルに出すことに似ている。
どれだけ美味しい素材も、そのままテーブルに出されてしまうと、うまく食べられない。
食感別に部位を分けて、それぞれの部位を丁寧に調理し、一品一品、料理として出すからこそ、素材をしっかり味わってもらえる。
今回のサイトリニューアルは、まさに私たちが、ウェブライダーという会社のもつ「価値」という情報を調理するということですね。
まさにそうだね。
ウェブライダーという素材の旨味を引き出すために、まずは、ウェブライダーという会社の現状の価値についてあらためて考えてみよう。
それこそが「現状分析」だ。
ちなみに、現状分析のゴールは、仮説を立てて、その仮説を検証することだ。
自分たちがどこまで自分たちのことをわかっているか。
他社から見た自社の価値をあらためて言語化するだけでなく、見落としていたり誤解したりしている自社の価値がないかを考える。
そう、次のような手順で。
■現状分析の詳細
(1)事実の整理
- 1.過去の案件や「お問い合わせ」の内容を確認
過去の案件や「お問い合わせ」のデータを見て、どんなお客さまがどんな課題を解決しようとしてお問い合わせしてきたかを整理する。
- 2.アクセス解析を確認
アクセス解析ツールのデータを見て、どんな検索ワードで集客できているか(たとえば、ブランドワードの指名検索の場合は、どんな関連ワードが付いているか)、また、SNS上や外部サイトで自社がどのように紹介されているかを調べる。
(2)仮説の構築
- 3.課題・ニーズ・ウォンツ・ソリューションの仮説を立てる
自社が「どんなお客さまのどんな課題をどのように解決できるのか」を自社内のメンバーで考える。
そして最終的に、自社が提供可能なソリューションが何かをリストアップする。 - 4.自分たちが手がけるべきソリューションを絞る
「3」でリストアップしたソリューションのうち、自社のポリシーに合っていて、自分たちが提供したい価値とは何かを考え、ソリューションを取捨選択する。
このプロセスにおいては、次の「5」の「競合他社調査」や「市場分析」も交える。 - 5.競合他社調査や市場分析
各ソリューションと同じような事業を展開している会社が、どれくらい成功しているかを探る。
SNSのクチコミや、Webサイトに掲載されている決算情報を参考にするだけでなく、業界内外の事情通からの情報も得る。
また、市場が伸びているかという状況把握や、もしくは今後伸びていきそうかの予測も交えながら、最終的に、ビジネスとしての成長が期待できるソリューションを取捨選択する。 - 6.ソリューション別に、競合との価値を比較
「3」「4」「5」のプロセスを行き来して導き出したソリューションをあらためて整理し、それぞれのソリューションの競合となる企業と、自社が提供するソリューションとの価値の差を「優位点」「必要十分条件(同位点)」「劣位点」という3点を軸に考える。
(3)仮説の検証
- 7.社外調査(定性調査・定量調査)
(定性調査)
既存のお客さまにヒアリングやインタビューをし、なぜ自社を選んでくださったのかの「理由」を聞く。
また、将来のお客さまになってくれそうな人たちに、自分たちが提供しようとしている新しい価値が本当に求められているかを聞く。
アンケートを使うこともある。
(定量調査)
将来のお客さまになってくれそうな人たちに、自社の印象や、自社に関する不明点がないかなどのアンケートをとり、収集したデータを数値化し統計学的に分析する。
これが、仮説の構築と検証の流れなんですね。
普段、コンサルの現場に立ち会うことがないので、勉強になります。
この一連のプロセスの中で、自分たちが立てた仮説と、社外のお客さまの意見との間にギャップ(差異)がなかった場合、僕らは自分たちの価値を理解して行動できているといえる。
逆に、ギャップがあった場合は、以下の問題が考えられるんだ。
■仮説と現実にギャップがあった場合
1.自分たちは自社の価値がしっかりわかっていない
→それによって、適切な商品・サービス設計やマーケティングができていない
2.自分たちが思うほど、自社の価値は外部にしっかり伝わっていない
→つまり、適切なマーケティングができていない
どちらの場合もマーケティングがネックになってしまっているんですね・・・!
そう。
マーケティングとは「自社のもつ価値を、その価値を必要とする人たちに適切に届けること」だからね。
ギャップが大きい場合は、マーケティングが空回りしてしまっているといえる。
うちのマーケティングが空回りしていなければいいんですが・・・。
まあ、うちの場合は、そもそも自社のマーケティングをほとんどしていなかったから、空回りするどころか、まだ回ってもいないけどね・・・。
あっ、そうでした。
仮説の構築では、うちがコンサルでも使っているフレームワークを用いることにする。
・・・画面共有をさせてもらおう。
松尾はそう言うと、自分のPCの画面をZoomで共有した。
そして、共有するとともに、マイクの設定らしきものを変えた次の瞬間・・・。
松尾が放った声が、エコーとともにZoomのルーム内に響いた。
実は松尾には、何か重要なキーワードを社内共有するとき、外部アプリを用いて「ディレイ」というエフェクトをかけて喋るクセがあるのだ。
ディレイとは、エコーのように、喋った声を何度も反復して届ける仕組みである。
言葉が時間軸に長く滞在することや、突発的な演出によって、通常の喋りよりも言葉が相手の記憶により残りやすくなる。(と、松尾は考えている)
Zoomでの喋り声にディレイをかけたい場合は、外部アプリを用いることをオススメする。
(松尾のオススメアプリ: Audio Input FX(有料))
気がつけば、Zoomの画面にはGoogleスプレッドシートが表示されていた。
これは・・・!?
このスプレッドシートは、ウェブライダーのコンサルで用いている「フレームワーク」をまとめたもの。
フレームワークとは「何かを分解して考えるための枠組み」のこと。
アイデアにつながる切り口をパターン化し、誰にでもすぐ使えるように整理された枠組みである。
たとえば、調理道具には「型抜き」がある。
リンゴを型抜きに通せば、星形になったり、六角形になったりする。
フレームワークとは、まさにその型抜きのようなものなのだ。
今回、「NWS分析」と「価値の比較」という2つのフレームワークを使おうと思う。
この2つのフレームワークの中に、僕たちの思考を入れれば、きっと新しい気付きが生まれるはずだ。
みんなの思考をどんどん分解していこう。
NWS分析・・・?
「NWS分析」というフレームワークは、誰がどんな「課題」をもち、何をしたいかの「ニーズ」、何を求めているかの「ウォンツ」を考え、最終的に「ソリューション(=解決策)」を導くためのもの。
ちなみに、NWSという言葉は「ニーズ(needs)」「ウォンツ(wants)」「ソリューション(solution)」の頭文字をとった造語だよ。
1.ニーズ(needs)
課題から導きだした「目的」
2.ウォンツ(wants)
ニーズを満たすために求められている「手段」
3.ソリューション(solution)
ウォンツがさらに具体的になった「解決策」
▼NWS分析のフレームワーク
このフレームワークでは、お客さまのニーズとウォンツを言語化した上で、「じゃあ、お客さまはなぜ自社に問い合わせてくれるのか?」の「理由」の言語化もおこなう。
この「理由」の言語化によって、逆に「自社にどんな要素があれば、自社に問い合わせてくれるのか?」を考えるきっかけにもつながる。
その結果、お客さまが真に求めているであろう「ソリューション」が具体的に見えてくるんだ。
「ソリューション」って言葉なんですが、人によって解釈が少し違う場合がありますよね。
たしかにそうだ。
よし、各々の認識のズレがないよう、ソリューションという言葉をここで再定義しておこう。
大事な言葉だから。
ウェブライダーのコンサルでは、ソリューションという言葉を「解決策」という意味で使っている。
僕はビジネスを考えるとき、商品・サービスという言葉よりも、この「ソリューション」という言葉を大切にすべきだと思ってるんだ。
なぜなら、ほとんどのビジネスは、お客さまが抱えている何らかの「課題」を解決することだから。
たとえば、「Web集客のコツがわからないお客さま」には、Web集客のノウハウをお教えしたり、Web集客をアシストするためのツールを提供する。
また、「Webコンテンツをつくり続けているのに、検索順位がなかなか上がらないお客さま」には、検索エンジンで評価されるコンテンツ制作のノウハウをお教えしたり、コンテンツのブラッシュアップをお手伝いする。
なんなら、うちが代わりにWebコンテンツをつくることもあるだろう。
これらは全部、何らかの課題を解決するソリューションなんだ。
たとえば、ウェブライダーが展開している文章作成アドバイスツールの「文賢(ブンケン)」も、まさに、「もっと読みやすい文章を書きたい」「文章の推敲を効率化したい」という人向けのソリューションですね。
そうだね。
うちが手がけている様々なサービスは、まさに誰かの課題を解決するためのソリューションなんだ。
じゃあ、続いて、このフレームワークの使い方を実際に見てもらおうかな。
伊藤さん、お願いしてもいいかな?
了解です。
コンサルやマーケ事業部以外のみんなは、このフレームワークの使い方を初めて見ると思うので、実際に私が記入しながら使い方を説明しますね。
NWS分析 STEP1
「誰が」を考える
では、早速、NWS分析のフレームワークの説明から。
わかりやすく説明するために、まずは私が実際に1行書いてみます。
このフレームワークは、まず「誰が」から考えます。
この「誰が」の設定によって、課題の内容が変わるからです。
たとえば、企業のオウンドメディアの編集長や、商工会議所主催のSEOセミナーに参加してSEOになんとなく興味をもった中小企業の経営者などに分けて考えてみると、それぞれの立場で課題が異なってきます。
企業のオウンドメディアの編集長の場合、これまで育ててきたオウンドメディアの検索順位が伸び悩んでいるという課題があるかもしれないし、中小企業の経営者の場合は、SEOというものについての知見をさらに深めたいがどうすればいいかわからないという課題があるかもしれません。
ここで、松尾さんが話していた「解像度」という言葉を思い出してほしいんです。
解像度という概念を「誰が」という問いに落としこむと、マーケティングの現場でよく用いられる「ペルソナ」という言葉につながります。
ペルソナとは、そのビジネスの対象となる相手を具体的にイメージした人物設定のことである。
たとえば、ある人物がいるとして・・・
1.東京都港区在住
2.37歳男性
3.美容化粧品の通販サイトのマーケティングを担当
4.マーケティングを担当しているといっても、最近の配置換えでマーケティング部署に異動してきたため、Webマーケティングの知見が浅く、まだまだ勉強中
5.ただし、元営業出身ということもあり、マーケティングにおいて大切なコミュニケーション的発想については十二分に備えている
6.自分が深く理解しているコミュニケーション領域での提案を求めており、SNSマーケティングに関心がある
などといった設定をすることで、その人物像がもつ課題や求めているものがイメージしやすくなる。
ペルソナって言葉、よく聞くことがあったんですが、思考の解像度を高めるために設定するんですね!
そう。
正確には「問い」の解像度を高める、と言ったほうがいいかも。
ただ、ペルソナをあまりに細かく設定しすぎると、それはそれで解像度が高くなりすぎて、一部の人にしか訴求できないソリューションに縛られてしまうことがあるから、注意は必要。
あとはたとえば、検索結果で上位表示するコンテンツをつくる場合、何万人もの検索ユーザーさんの思考を最大公約数的に考える必要があるから、「最大公約数的な視点」をもっておくことも大切かな。
わかりました!
お話を聞いていて、カメラのレンズみたいなイメージをもちました。
物事を捉えるには、ズームインとズームアウトを交互に行き来することが大事なんだと。
まさにそう。
別の言葉では、「具体」と「抽象」を行き来する、と言ったりもするけどね。
具体と抽象の行き来、私もできるようになりたいです。
意識することで、だんだん慣れてくるよ。
では、ひとまず、私なりに、お客さまの人物像を1行書いてみました。
「企業のオウンドメディアの編集長(オウンドメディア運用歴1年以上)」・・・と。
NWS分析 STEP2
「課題」を考える
次に、この人物像がもつ「課題」を考えていきます。
オウンドメディア運用歴1年以上の編集長が抱えていそうな悩みは・・・と。
たとえば、「オウンドメディアにて、さまざまな検索ワードでの上位表示を目指す記事をつくり続け、それなりに成果は出ていたが、数ヶ月前から記事全体の検索順位が下がり、今も回復せずにいる」としてみます。
これは、実際にうちにも問い合わせがあるような課題の一例です。
NWS分析 STEP3
「何をしたいか(ニーズ)」と「何を求めているか(ウォンツ)」を考える
続いて、この人物像はその課題に対して「何をしたいのだろうか?」という目的を示す「ニーズ」と、その目的を達成するために「具体的に何を求めているのだろうか?」という手段を示す「ウォンツ」を考えていきます。
ニーズとウォンツの結果は似ることもありますが、ここで大事なのは、問いを区別することによって、できるだけ解像度の高い分解をすることです。
ニーズは、「記事の検索順位を回復したい」。
ウォンツは「記事の検索順位の回復につながるアドバイス」と書き込みました。
NWS分析 STEP4
「自社に問い合わせする理由」を考える
次はいよいよ「自社に問い合わせする理由」です。
たとえば、ある課題に対してウェブライダーにお問い合わせがあった場合、なぜ、ウェブライダーにお問い合わせがあったのか、その理由を考えてみます。
「既に他のSEOコンサル会社に相談し、提案のもと改善を進めてきたが、いまだに順位が回復していない。そのため、独自性の高いコンテンツ施策をおこなっているウェブライダーなら、他社と違った提案がもらえると考えた」・・・と。
NWS分析 STEP5
「ソリューション(解決策)」を考える
さあ、最後です。
ここでようやく、ソリューション(解決策)が見えてきます。
ソリューションとは、「ウォンツ」を自社ならではの商品・サービスに具体化したもの。
たとえば、すでに自社で提供している商品やサービスなどがあれば、それを書きます。
もし該当する商品やサービスがなくても、「こんなプランが提供できるな」というアイデアがあれば、書いておきます。
ソリューションを書き込むときは、「修飾語」を意識して、できるだけ具体的な言葉に落とし込みましょう。
私が考えたソリューションは2つあります。
1つめは「記事の品質を高め、各記事の検索順位を改善するSEOコンサルティング」。
2つめは「編集チームの制作モチベーションを高め、今まで以上にコンテンツ制作に前向きに取り組むためのコンサルティング」です。
ひとまず、これで1行が完成という感じです。
この流れで、みんなも行を増やしていきましょう。
すごくわかりやすかったです・・・!
このフレームワークがあれば、思考を深掘りしやすそうです。
このフレームワークを使って、脳にいっぱい汗をかいて考え抜くことが大事だと思う。
フレームワークがあっても、どれだけの解像度で深掘りできるかは人それぞれだから。
イメージで言うと、同じ調理器具をもっていても、素材が美味しく調理できる方法を知らないと、美味しい料理はつくれない。
つまり、思考の精度は、その人の知見や経験、観察力、さらには閃きによって左右されるということ。
だから、フレームワークを使うというのは、あくまでもスタートラインなんだよね。
わかりました・・・!
自分のもてる思考力をフル回転させてがんばります!
伊藤さん、ありがとう。
これから、みんなにもこの「NWS」のフレームワークを使ってのワークに取り組んでもらうわけだけど、先に伝えておきたいことがある。
それは、「NWS」のフレームワークを使ってソリューションを書き込んでいく際、最終的には自分たちが手がけるソリューションを絞ることになるってこと。
どういうことかというと、たとえば、あるお客さまが「自分たちの悪いクチコミを検索順位で表示されないようにしたい」という課題をもっていて、いわゆる「逆SEO」のようなサービスを求めていたとする。
でも、逆SEOというのは検索結果を意図的にハックするような、いわゆるブラックハットな施策だ。
みんなもわかっているとおり、ウェブライダーでは、そういうブラックハットな施策はおこなわない。
だから、「NWS」のフレームワーク上ではソリューションのひとつとして書いておくとしても、うちではそのソリューションを提供しない。
このあとの「価値の比較」というフレームワークへ移行する前に、そういった取捨選択をしておくことが大事なんだ。
そうですね。
そして、もうひとつ大事なことが「競合他社調査」や「市場分析」ですね。
そのソリューションと同じような事業を展開している会社が、どれくらい成功しているかを探る。
また、市場が伸びているかという状況把握や、今後伸びていきそうかの予測も交えながら、最終的に、ビジネスとしての成長が期待できるソリューションを選ぶ必要がある。
そう、競合他社調査や市場分析も大事。
自分たちが「このソリューションがいい!」と思っても、そこに市場が広がらないのであれば、ビジネスとして成立しづらいからね。
とはいえ、今回はみんなにそこまで深く考えてもらう必要はない。
僕の経営者としてのアンテナと、伊藤さんや達川さんのリサーチ力を用いて、ビジネスの成長につながるソリューションを選ばせてもらう。
リサーチは前職でかなり経験しましたから。
まかせてください。
達川さん、ありがとう。
では最後に、取捨選択したソリューションの価値を高める上で大事な「価値の比較」のフレームワークについて、僕から説明しておくね。
▼「価値の比較」のフレームワーク
このフレームワークは、先ほどのNWS分析のフレームワークから導きだした「ソリューション」について、自社と他社を比較したときの差異をまとめていくものだ。
この「価値の比較」では、同じソリューションを提供している他社と比較した際、自社はどんな点で優れているのか?(優位点)、自社はどんな点で力が足りないのか?(劣位点)、顧客がそのソリューションに求める「これがないと話にならない」という必要十分条件とは何なのか?を書き出していく。
その上で、それぞれのポイントをより良くできないか?を考えるんだ。
より良くするためのアイデアを考えることで、ソリューションの価値はさらに上がる。
ちなみに、必要十分条件は自社も他社も備えているケースが多いため、「同位点」という言葉でも表している。
1.優位点
自社が他社に比べて優れている点
2.必要十分条件(同位点)
自社も他社も同じくもっている、顧客がそのソリューションに求める「これがないと話にならない」という必要十分条件のこと
3.劣位点
自社が他社に比べて劣っている点
ちなみに、この価値の比較のテンプレートは、「Points of X」と呼ばれるフレームワークがベースになっている。
「Points of X」とは、ブランド・マネジメントの権威であるケビン・レーン・ケラー氏が1997年(日本語訳2000年)に刊行した「戦略的ブランド・マネジメント」で紹介していたフレームワーク。
このフレームワークでは、自社と競合とのポジショニングの比較を「Difference(違い)」「Parity(等価)」「Failure(脱落)」という3つの観点で捉え、それぞれを「POD(Point of Difference)」「POP(Point of Parity)」「POF(Point of Failure)」という言葉で表している。
この「POD」「POP」「POF」という言葉をウェブライダーなりの言葉に代えさせてもらったのが、この「価値の比較」のフレームワークなんだ。
そういえば、歴代の仮面ライダーにも、いましたよね。
「仮面ライダーX」が。
たしかに・・・!
・・・。
さて、というわけで、「価値の比較」のフレームワークを実際に使ってみよう。
ソリューションの内容は、「記事の品質を高め、各記事の検索順位を改善するSEOコンサルティング」だったから、まずは表の一番の上の帯にその言葉を入れる。
続いて、自社の「優位点」「必要十分条件(同位点)」「劣位点」を書き込んでいく・・・と。
▼自社の分析
- ・数記事のメディアであっても、ビッグワードで検索結果にて1位に表示された実績を多数もち、徹底した読みやすさやわかりやすさを追求し続けているコンテンツプランニングのアドバイスが可能
(例:美味しいワイン、美味い居酒屋、Betters、CHECK-LIST、素敵なギフトなどのメディア運営の実績から得たノウハウ) - ・SNSを介してメディアの信用力を高める「エンゲージメントライティング」のノウハウを体系化している
- ・ツールに頼らないリサーチ力を鍛えることで、他社が気付かないような視点でのコンテンツ制作が可能になる
- ・徹底した「量」より「質」
- ・チームの制作モチベーションを高めるためのアドバイスが可能
- ・検索意図を意識したコンテンツ制作
- ・クライアントにしっかり知見を残すコンサルティング
- ・「見本記事」の制作をする場合、1記事あたり短くても3週間以上はかかってしまう
続いて、競合にあたりそうな他社の「優位点」「必要十分条件(同位点)」「劣位点」を書き込んでいく。
▼他社の分析
- ・スピード感のあるコンテンツ制作体制をつくるのが得意
- ・外部ライターさんのアサインが得意
- ・ツールを用いたスピーディなリサーチが得意
- ・質を過度に追求しないことにより、編集チームのストレスを減らし、モチベーションを維持することができる
2.必要十分条件(同位点)
- ・検索意図を意識したコンテンツ制作
- ・クライアントにしっかり知見を残すコンサルティング
3.劣位点
- ・1記事1記事と長く向き合う時間がとれないことがあるかも
そして最後に、自社の「優位点」「同位点」「劣位点」の価値を持ち上げるためにできる努力はないかを考えて書き込む。
▼各ポイントをさらに伸ばすには?
- ・チームのモチベーションを高めるためのノウハウをさらに研究する
- ・質を担保できる外部ライターさんのデータベースを強化し、案件ごとに最適な外部ライターさんをすぐにアサインできるようにする
- ・TPOに応じて、ツールを用いたリサーチも検討し、全体最適化に配慮する
- ・クライアントに残す知見を、より詳しく実用的なものにする
- ・「見本記事」の制作期間を少しでも短くできないか検討する(ただし、クオリティを下げないことが前提)
これで「価値の比較」のフレームワークへの書き込みは完了だ。
なるほど・・・!
この一番右の欄を見るだけでも、自分たちがどういう行動を意識してゆけばいいかわかりますね!
そうだね。
このフレームワークのいいところは、自社のソリューションの価値がさらに明確になるだけでなく、他社との差別化のための施策も考えやすくなるってとこ。
ちなみに、ソリューションの価値をさらに伸ばすアイデアについては、会社のポリシー上「できないこと」をムリにやろうとする必要はないし、思いつかなかったら、今は空白のままでもいいんだ。
よし、これでフレームワークの使い方がわかったと思うから、どこかでみんなで時間をとって、一斉にフレームワークと向き合おう。
今週のどこかで、半日くらいのまとまった時間をもらえるとうれしい。
当日はみんなでディスカッションをしながら、このシートを埋めていくことになるだろうね。
あと、過去の案件や「お問い合わせの内容」を確認したり、今のサイトにどういった人たちが訪れているのかを知るために、アクセス解析の状況を確認しておくのも必要ですよね。
事実を整理するだけで見えてくるニーズやウォンツもありますから。
これらの確認作業も、同じ日に実施するのはどうでしょうか?
よし、同じ日に実施しよう。
では、それらの情報を整理する際は、「miro」を使って整理することにします。
「miro」とは、アメリカ生まれのオンラインホワイトボードサービスのことだ。
チームメンバーが同時にログインして、テキストを書き込んだり、付箋紙を貼り付けできる。
また、さまざまなフレームワークが用意されているため、ブレインストーミングツールとしても使いやすいオンラインコミュニケーションツールだ。
そうして、その日のミーティングは終わった。
各メンバーのスケジュールが調整され、3日後に社をあげた現状分析をおこなうこととなった。
こんな感じでしょうか。
松尾が用意したスプレッドシートにはたくさんの書き込みがされていた。
また、伊藤が用意したmiroのホワイトボードでは、ウェブライダーのサイトに現状発生しているアクセスがどういうものか分解されていた。
いい感じの解像度で言語化できているね。
こうやってあらためて整理すると、今の会社サイトで発信できていないメッセージが多いな・・・。
そうですね・・・。
でも、そんな状況でも、今まで問い合わせが増え続けていたことが、逆にありがたいです。
そうだね。
自分たち以上に、お客さまはうちの会社のことを理解してくれていたのかもしれないな・・・。
よし、では続いて、今回立てた仮説を検証するために、「定性調査」「定量調査」の準備を始めよう。
達川さん、準備を進めてもらっていいかな?
了解しました。
今回のアンケートでは、仮説を正確に検証するために、解像度をどこまで高めればいいかを考えながら、ベストな「問い」を考えてみます。
アンケートは、問いの内容によって、集まる回答の内容が大きく変わりますから。
ありがとう。
さあ、いよいよサイトリニューアルのプロジェクトが動き出したぞ・・・!
はい!!がんばりましょう!!
ファイトッ!ファイトッ!!
おっ、さすがチアリーダー部出身の広報!
赤木さんの応援があれば、プロジェクトの進行にも気合いが入るな~(笑)
よし!
みんながんばろう!!
はい!!
受託事業の売上げ減少をきっかけに始まったサイトリニューアルプロジェクト。
このとき、彼らはまだ気付いていなかった。
これから訪れる数多の試練に・・・。
まさか・・・。
こんな極端な結果になるなんて・・・。
松尾はPCの画面に映し出されたアンケートの結果を見て、思わず言葉をこぼした。
サイトリニューアルに向けて動き始めたウェブライダー。
自分たちの未来を自らの手でつかみ取るため、メンバーの「現状分析」が加速する。
そんな中、定性調査と定量調査からわかった衝撃の事実とは・・・!?
次回、大改善!劇的Webリニューアル
第二話「ギャップを埋めよ!定性調査と定量調査が教えてくれたもの」
らしくない姿だな。